亀戸労基署長事件(長時間労働・パワハラ・労災認定)

亀戸労基署長事件(東京高裁平20年11月12日判決)

「出血性脳梗塞を発症した労働者について、当該労働者の時間外労働時間は、業務と脳血管疾患等の発症との関連性に関する労基署の基準には満たないが、相当長時間のものであると評価することができ、さらに、上司による叱責は、長時間労働により疲労を有していたと考えられる当該労働者に対し、一層のストレスを与えるものとなったとして、業務起因性を求めた。」

[判決の要旨]
Aは、本件会社へ出向する以前の岡山在勤中に、初めて心房細動を発症し、その後も度々発作性心房細動を起こし、投薬治療を受け、本件会社への出向に伴う東京への転勤後も、心臓病センター榊原病院の医師からの紹介状に基づき、継続的に治療を受けていたことが認められる。[中略]心房細動については、その誘因として長時間労働やストレスが挙げられており、持続性であれ発症性であれ、業務によるストレスを誘因として心房細動を引き起こすという機序の存在は認められ、また、証拠によれば、ストレスが血液の凝固を亢進させるとの見解が存在することが認められる。さらに、心房細動の発症を促す要因として高血圧が挙げられており、月60時間以上の残業で有意の血圧上昇がみられたり、週60時間以上の長時間労働は、心筋梗塞発症のリスクを高め、月50時間、60時間以上の残業で血圧上昇があると報告されており、厚生労働省の脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会は、平成13年11月16日、長時間にわたる労働やそれによる睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧上昇などを生じさせ、その結果、血管病変等をその自然経過を超えて著しく憎悪させる可能性があるとの検討結果を報告している。

本件においては、前認定のとおり、本件疾病発症の6ヶ月前からのAの時間外労働時間は、1月あたり、約36.5時間、38時間、54.5時間、41.5時間、57.5時間、77.5時間というものであり、徐々に時間外労働は増加し、発症前1月は、4月18日の徹夜作業も加わり、80時間近くに達しているのである。そして、労働基準監督署においては、脳血管疾患及び虚血性心疾患等については、発症前1月ないし6月にわたって、1月当たり45時間を超える時間外労働があれば、その時間が長くなるほど、業務と発症との関連が徐々に強まると評価され、また、発症前1月につき、おおむね100時間を超える時間外労働時間があれば、業務と発症との関連性がつよいと判断されているところ、Aの時間外労働時間は、同基準に満たないとしても、相当長時間のものであると評価することができる。このような時間外労働に加え、B部長は、Aに対し、1月に2回以上、執拗に、かつ、数回は2時間を超えてAを起立させたまま、叱責しており(叱責の内容も、B部長自身の判断ミスによる失敗についてもAの責任にして叱責するようなことが少なくない状況で、そのことは周囲の者にもわかるほどであった。)このため、Aは肉体的疲労のみならず、心理的な負担も有したのである。B部長による叱責は、時間外労働により疲労を有していたと考えられるAに対し、一層のストレスを与えるものとなったというべきである。[中略]

上記のような本件疾病発症直前のAの状況に証拠を総合すれば、Aは、内科クリニックで受診した平成6年2月3日ごろまでは発作性心房細動であったところ、同年4月28日には、朝の出勤時にD駅の階段を上る際の息切れが特にひどく、体が非常にだるかった旨日記に記載していることから、既に持続性心房細動(ただし、発症からの時間の分類である)の状態にあったものであるところ、この持続性心房細動は自然経過により発症したものではなく、本件会社の業務上の負荷、特にB部長により頻繁に繰り返される執拗かつ異常な叱責によるストレスに加えて、平成6年4月18日~19日の徹夜作業に伴うストレスを誘因として発生したものであり、これに伴い形成されたフィブリン血栓が本件疾病を発症させたものと認めるのが相当である。したがって、本件疾病は本件会社における業務に起因して発症したものというべきである。