国・静岡労基署長(日研化学)事件(パワハラ・上司暴言・労災認定)

国・静岡労基署長(日研化学)事件(東京地裁平成19年10月15日判決)
「上司の言動により、社会通念上、客観的にみて精神疾患を発症させる程度に過重な心理的負荷を受けていたとして、労働者の精神障害発症及び自殺について、業務起因性を認めた。」

[事案の概要]
Xの夫であるAが自殺したのは、Aが勤務していた本件会社における業務に起因する精神障害によるものであるとして、Xが静岡労基署長に対して労災保険法に基づき遺族補償給付の支払を請求したところ、同所長がこれを支給しない旨の処分をしたので、Xがその取り消しを求めたものである。Xは、業務上の心理的負荷の原因として、Aの上司の暴言による心理的虐待を主張した。

[判決の要旨]
〈業務起因性の判断基準〉労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡等について行われるところ、労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには業務上のものと認められることが必要である。(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決)また労災保険制度が労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係を認めるためには、当該死亡等の結果が、当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価しうることが必要である。(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決)精神障害の発症については、環境由来のストレスと、個体側の反応性、脆弱性との関係で、精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレスー脆弱性」理論が、現在広く受け入れられていると認められることからすれば、業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには、ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的に見て、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に、業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。

労働者の自殺による死亡が業務上の死亡と認められるか否か、すなわち、労働者の自殺について業務起因性が問題となる場合、通常は、当該労働者が死の結果を認識し容認したものと考えられるが、少なくとも、当該労働者が業務に起因する精神障害を発症した結果、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害された状態で自殺に至った場合には、当該労働者が死亡という結果を認識し容認していたとしても、当該結果を意図したとまではいうことができず、労災保険法12条2の2第1項にいう「故意」による死亡には該当しないというべきである。ICD‐10のF0~F4に分類される精神障害の患者が自殺を図った時には、当該精神障害により正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたと推定する扱いが、医学的見地から妥当であると判断されていることが認められるから、業務により発症したICD‐10のF0~F4に分類される精神障害に罹患していると認められる者が自殺を図った場合には、原則として、当該自殺による死亡につき業務起因性を認めるのが相当である。その一方で、自殺時点において正常な認識、行為選択能力が著しく阻害されていなかったと認められる場合や、業務以外のストレス要因の内容等から、自殺が業務に起因する精神障害の蓋然的な結果とは認めがたい場合等の特段の事情が認められる場合には、業務起因性を否定するのが相当である。

〈Aの精神障害発症の業務起因性〉心理的負荷を伴う業務上の出来事の具体的内容は以下のとおりである。(ア)Aが遺書においてB係長の言動を自殺の動機として挙げていること、AがB係長の着任後、しばしばB係長との関係が困難な状況にあることを周囲に打ち明けていたこと、Aの個体側要因に特段の問題は見当たらないことについて当事者間に争いのないことからして、Aが精神障害を発症した平成14年12月末~平成15年1月の時期までにAに加わった精神的負荷の原因となる出来事としては、B係長のAに対する発言を上げることができる。(イ)B係長によるAに対する発言①存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している。お前のかみさんも気が知れん。お願いだから消えてくれ。②車のガソリン代がもったいない。③どこへ飛ばされようと俺はAは仕事しない奴だと言いふらしたる。④お前は会社を食い物にしている、給料泥棒。⑤肩にフケがベターと付いている。お前病気と違うか。等これらから心理的負荷を評価する。B係長がAに対して発した言葉自体の内容が過度に厳しいこと、B係長のAに対する態度にAに対する嫌悪の感情の側面があること、B係長がAに対し極めて直截なものの言い方をしていたこと、Aが属する静岡2係の勤務形態が、上司とのトラブルを円滑に解決することが困難な環境にあること等からすると、B係長のAに対する態度によるAの心理的負荷は、人生においてまれに経験することもある程度に強度のものということができ、一般人を基準として、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重なものと評価するのが相当である。

〈Aの自殺の業務起因性〉Aが家族と職場の上司、同僚に残した遺書の中には、うつ病エピソードの診断ガイドラインに該当する症状である抑うつ気分、易疲労性、悲観的思考、自信の喪失、罪責感と無価値感が表れていたと認めることができるから、Aの自殺時の希死念慮も精神障害の一環とみるのが自然であって、Aの自殺が、精神障害によって正常な認識、行為選択能力及び抑制力を阻害された状態で行われたという事実を認定することができる。以上からすると、業務に起因してICD‐10のF0~F4に分類される精神障害を発症したAは、当該精神障害に罹患したまま、正常の認識、行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定され、この評価をくつがえすに足りる特段の事情は見当たらないから、Aの自殺は、故意の自殺ではないとして、業務起因性を認めるのが相当である。